映画のある生活。全国を旅する映画館キノ・イグルーって一体?

2019 / 01 / 23
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キノ・イグルー 有坂 塁(ありさか るい)さん

「全国を旅する映画館」として各地で映画を通した新しく空間を生み出しているキノ・イグルー。いったいどんな人が、どういった目的で移動型の映画館を企画しているのか、気になりませんか?今回はキノ・イグルーの有坂さんに、キノ・イグルー発足の経緯から、活動の目的、更には若い世代に向けた「映画を観る意味」について伺ってきました!

キノ・イグルー とは
2003年に中学校時代の同級生、有坂塁と渡辺順也によって設立された移動映画館。東京を拠点に全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館など様々な空間で、世界各国の映画を上映している。多彩なアーティストとのコラボレーションを始め、夏の野外上映会、クリスマスパーティー、SHOPのAnniversary Party、こどもえいがかい、全国ツアー。さらには映画祭のディレクションや、ライブラリー向けのDVDセレクトまで、既存の枠にとらわれることなく、自由な発想で映画の楽しさを伝えている。

映画が嫌いだった

有坂さん
僕は映画が嫌いでした。映画を好きになったのは僕が19歳の頃です。それまでは、人生で2本の映画しか観たことがなかったです。その2本は、小学校2年生の時に観た『グーニーズ』と、『E.T』の2本で、特にグーニーズは凄く面白く感じて、「また、映画を観たい」と思って、親が連れていってくれた映画が『E.T』だったんですが、『グーニーズ』とはテイストが違ったことと、幼いころからの僕は落ち着きが無かったこともあって暗闇でジッとしていられなかったんですよ。
映画館を走り回って「2度と映画を観ない」といったことを覚えています(笑)。ETを観たのが7歳だったので、そこから19歳までの12年間、1度も映画を観ることがありませんでした。

21歳までサッカーをやっていて、どちらかというと体育会系な環境で育ったこともあり、本や映画など文化的なものに触れる機会がなかったことも、映画を観てこなかった理由かもしれません。

今は映画を上映する立場にある方が、映画を観ていなかったことに驚きです。どういったきっかけで映画に触れるようになったのですか?

有坂さん
19歳の当時に付き合っていた彼女に映画に誘われたことがきっかけです。何度も映画を観に行くことを断り続けていたのですが、さすがにもう断れないところまできて、『クールランニング』というボブスレーの映画を渋々観ることになりました。
そうしたら、劇場で笑い続けて、最後には涙してしまいました。簡単にいうと映画をみて物凄く感動してしまったんです。作品を見終えた後に、パンフレットを購入したのですが、その日の夜にパンフレットを擦り切れる程読み返したことを覚えています。その時点で映画が離れなくなってしまい、次の日から1人でも映画に行くようになりました。

その1日をきっかけに大きく変わったことに驚きました。映画館で映画を観ることはどういった面白みがあると考えますか?

有坂さん
そうかもしれませんね。僕の中ではその1日が大きな分岐点でその日を境に空いた時間を見つけては映画を観にいくようになりました。僕は映画館が好きで今では毎日のように映画館に足を運んでいるのですが、映画館って「オフになれる場所」だと思っています。
例えば、現代ではネットも発達しているのでリアルな繋がりに加えて、オンライン上での繋がりも深くなっていると考えています。そんな時代にあっても、映画館では人との繋がりをオフにしても許される場所ということに映画館の価値が出ている気がします。

どうしても小マメに連絡をチェックすることが当たり前になっているので、無意識のうちにストレスを感じてしまう方もいる気がします。だけど、映画館で映画を観ている時だけは、連絡を気にしなくても許される空間なので、そういった繋がりから解放されます。これは、ここ5年~10年で新たに生まれた映画館の価値だと僕は思っています。

ワクワクする空間を創出

キノ・イグルーは様々な場所で映画を上映されていますが、有坂さんはどういった想いで上映されているのですか?

有坂さん
今の時代は娯楽が沢山あるので、映画を観る動機が大切になってくると思います。なので、映画を観る方と、映画を買い付けてきて配給する方の間を繋ぐために、アイデアやクリエイティブを取り入れて、ワクワクする空間を創出していくことをキノ・イグルーの活動としています。

映画を観る方と、配給している人を繋ぐ役割を担うということでしたが、その両者の間に課題を感じていたのですか?

有坂さん
ビジネスとして活動を始めた訳ではないので、課題を感じたから始めたというよりは、映画が単純に好きだったからこそ、もっと多くの人に知ってもらうには「どうしたらいいのか?」といった考えからスタートしています。

シネクラブという自主上映会が、ひと昔前のパリには市内に150程あったようなのですが、このシネクラブには、主催者の好みがダイレクトに反映されるという、一般的な映画館の興業と違う面白さがあります。僕はこの興業を気にしていないからこそ生まれる個人の色に面白さを感じて「いつか自分でもやってみたい」という憧れがありました。
キノ・イグルーはスタートから15年目になるのですが、当初の活動はこのシネクラブから始まっています。僕がレンタルショップでアルバイトをしていた頃に、友人が東京のはずれに小さな映画館を持つことになりまして、そのタイミングで憧れていた、自主上映会を開催したことがキノイグルーの活動の始まりです。

そこで何度か活動していると、レストランを営んでいる方やキュレーターの方々などに「上映会をして欲しい」と声を掛けていただきまして、そこから「移動型の映画館」として活動していくようになりました。

「移動型の映画館」がスタートではなかったのですね。

有坂さん
もともとは、自主上映会をしたいというところからスタートしているので、「移動型の映画館」を目指してはいませんでした。ビジネスとして展開していくモチベーションは無かったので、企画書を作って「上映会」を売り込むようなことは1度もしたことがありません。なので、オファーがないと収入はゼロなんですよ。
結局のところ、「この作品を見てもらいたいから、イベントを開催する」という考えだと、映画館で見れた方が良いと思います。ただ、キノ・イグルーが提供している上映会は場所が主体になってきます。その場所でしか体感できない映画の時間をどのように作り出すかが重要になってくるので、会場の主催者は「やりたい」という気持ちになってくれないことには始まらないんですよ。

場所だけ借りて上映したいものだけ上映するというやり方だと、主催者と僕たちの温度差が生まれてしまって一体感に欠けてしまうため、結局のところいいものが作れないことに繋がってしまいます。だからこそ一緒に作り上げていくことを大切にしていて、上手くハマったとき会場にグルーヴ感が生まれるんですよ。

無意識を大切に

上映する映画はどのようにして選ばれているのですか?

有坂さん
やはり会場で得られる感覚を大切にしたいので、打ち合わせをすることはもちろんですが、映画を上映する場所に実際行って考えています。ただ、出来るだけ感覚的に映画を選ぶようにしています。というのも、近年はAIがクリック履歴などからレコメンドしてくれる機能が発達しているからこそ、無意識というか、その場で感じたことを大切にしています。

アイデアって、もちろん自分自身でも出すことはできると思うんですけど、誰かと話していくことで自分でも予想が出来ないアイデアが飛び出すことは結構あると感じています。つまりそれは会話の中で自分の無意識の扉が開かれたことによるアイデアだと思っているので、感覚的なものを大切にしています。
そうしていくことで、上映された映画を観た方々も、予想もできなかった感動や余韻を味わうことができるのではないかと考えています。だからこそ、僕は上映会の後にアンケートをとるようなこともしていないんですよ。言葉で表せない余韻を言葉で表してしまうのはもったいないと思いますからね。

確かに映画を観た後の余韻は言葉では言い表せないもので、ひとり一人違って感じるものかもしれませんね。

有坂さん
そこが映画の面白いところだと思います。例えば、100人が同じ映画を観たとしてもその見え方は100通りあるんですよ。その時の心の持ちようなどタイミングによってもその映画の見え方が変わってくるので、作品の見せ方を矯正したくはないですし、無理に言語化させる理由もないと考えています。
だから、変に言語化するのではなくて、作品から得たもので打ちのめされて、ボーっとその空間で起きた出来事を体に染み渡らせていってくれると嬉しいです。

キノ・イグルーが手掛けるイベントでは、言語化できない「何か」を体感することができるのですね。イベントを作る上で有坂さんが大切にしていることはありますか?

有坂さん
そうですね。そういったことを目指してイベントを作っています。
その為に僕は、声を掛けてくれたクライアントの方との関係を大切にしています。仕事だからということで形式ばったコミュニケーションをとっていると、イベントの当日も予想の域を超えない程度のものになってしまいがちで、会場でも仕事だからという事で、キチッしようとしすぎて緊張してしまうと、そういう雰囲気が伝播されて息苦しいイベントになってしまうんですよ。
だからクライアントの方々と打ち合わせをする時なんかも、仕事という肩書を1度忘れて、夢中になって映画の話をしたりだとか、心からの会話を大切にしています。

空間を彩る映画たち

横須賀

有坂さん
横須賀美術館の野外上映会で毎年8月に開催しているイベントなのですが、スクリーンの向こう側が通りを挟んで海という絶好のロケーションで、お客様は芝生に座って映画を鑑賞します。海から山に抜けていく風の通り道になっているので、実はこのスクリーンはよく見ると少し透けているんです。

だから海を船が通ると船の明かりがスクリーンの中を移動していくんです。普通の劇場なら不快に思ってしまうようなことかもしれませんが、この野外上映だと受け入れられますし、ここでしかできない体験にもなります。

恵比寿

有坂さん
恵比寿ガーデンプレイスで開催されたピクニックシネマというイベントなのですが、敷地内に人工芝を敷き詰めて、席数や席取りの時間を決めずに、集まった人から自由に見られるようなイベントにしました。上映時間が19時だったのですが、15時くらいから集まっている方もいたのですが、芝を敷いて公園のようになっているので、そこに自宅からワインや美味しい食事を持ち寄って、夏の夕方から夜にかけての心地が良い空間を楽しみながら待っている方も多くいらっしゃいました。

熱海

有坂さん
熱海の初島というところで1泊2日の野外上映を開催しました。日中はダイビングしたり、部屋ごとにバーベキューや温泉を楽しんで、夜になったら集まってきて島という開放的なロケーションで映画を観るんですが、1度目は『冒険者たち』という古いフランス映画で、2度目は『ムーンライズキングダム』というアメリカ映画を上映しました。この両作は島が舞台の映画なのですが、島が舞台の映画を島で見ることで映画の世界と自分たちの世界の時間がシンクロするような感覚を味わってもらえるようなイベントになりました。

上野

有坂さん
上野の博物館で野外上映会を開催した規模感の大きなイベントなのですが、1番多い時で6500人が集まりました。この人数で映画を観るということ自体が普通の映画館では考えられない事だと思いますが、野外上映会というくくりで見ても世界で1番人を集めた上映会がスイスのロカルノで7000人程だったので世界最大規模の野外上映会なんですよ。

小田原

有坂さん
小田原の廃校になった中学校で開催した上映会で、イベントはスクリーンがない状態で始まるんですよ。「どこに映画を上映するの?」という不安そうな声が上がったときに、スクリーンが張られたトラックが「星に願いを」という壮大な曲に合わせて大げさに入場してくるんですよ。拍手でスクリーンが迎えられていて面白かったですよ。

一般的な映画館で映画を観ることより、記憶にずっと残りそうですね。

有坂さん
映画が真ん中にあるというよりは、楽しい時間の中に映画があれば良いと思うんですよ。食事がおいしかったり、景観がよかったり、流れている音楽がよかったり、色んな要素が混じり合って空間を楽しむことができればそれでいいと僕は思っています。

映画を観るたび、優しくなる

20代に向けて、映画を観る意味や面白さを伝えていただいてもよろしいでしょうか。

有坂さん
映画は誰かの人生を疑似体験するものだと言われていますが、僕も改めてそれは凄いことだなと感じています。僕は、映画を観ればみるほど優しくなれると思っています。というのも、国籍や宗教や環境の違うだれかの人生を紐解いていくと、決して全てが恵まれた環境で過ごした方ばかりの物語ではないことがわかります。
そういった方が描かれた物語を観ることで、人を応援する気持ちが生まれて、ラストでは主人公がハッピーな結末を迎えたときに感動して涙を流す。こういう体験が疑似的に味わえるのはとてつもなく凄いことだと思っていて、そんなことを100本、1000本と積み重ねていくことで、知らない間に自分の中の引き出しが増えていって、自分で無いどこかの誰かを理解することに繋がっていくんじゃないかなと思います。

取材を終えて

ネットで簡単に映画を観ることが出来る時代だからこそ、有坂さんが行っているリアルな現場で映画を観ることはとても大切なことのような気がします。例えば、懐かしい音楽を聴くと、当時のことを鮮明に思い出す経験と同様に、キノ・イグルーの上映会に参加することで映画も自分の中で大切な思い出として残っていくのではないでしょうか。

【今回お話を伺ったのは】
キノ・イグルー 有坂 塁さん
キノ・イグルーのInstagramはこちら
キノ・イグルーの公式サイトはこちら
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