芸術の秋だから。”考える”アート入門~特別展『マルセル・デュシャンと日本美術』~

2018 / 10 / 14
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東京国立博物館 研究員 松嶋雅人(まつしままさと)さん

ビジネスマンの教養として身に着けておきたい芸術の知識。今回は、特別展『マルセル・デュシャンと日本美術』が開催されている東京国立博物館にお邪魔し、今回の特別展を企画されている研究員の松嶋さんにアートの「考え方」や展覧会についてのお話を聞いてきました!
芸術の秋だから、「考える」ことで知的な週末を過ごしてみませんか?

「アート」って何?

「芸術」は日本が輸入した概念だった

松嶋さん
「芸術」とは、西洋の世界から見た人類の造形の歴史的な枠組みといえます。
つまり、ごく簡単に言えば、ギリシャ・ローマから、ルネサンスを経て近代美術がパリで花開き、現代美術に続いてきたヨーロッパの概念で、そこには視覚的な美しさや歴史的背景、宗教的背景、古典文芸など、さまざまなものが含まれています。
連綿と続く西洋の芸術の歴史には強固な枠組みがあります。階層社会のもと社会の価値観がきっちりと決められていた西洋では、芸術は限られた人たちのためのものでした。

日本人の“アートって何?”という問いは、シンプルには考えにくいのです。
というのも、日本で「アート」の考えが入ってくるのは明治時代のことで、もともと、日本にはアートや芸術という概念はありませんでした。もちろん、日本の中での「美しさ」という美意識は存在していたわけですが、価値観が違うのです。
「芸術」のなかで「美しいもの」や「素晴らしいもの」というのは、西洋的な価値観に基づいています。
明治時代の近代化のなかで、国策として、日本固有の美的感覚と西洋的な価値観をすり合わせ、日本の優れた文化や技術を世界にアピールしようとしました。
現在の「日本美術」とは、明治時代以降の美術の枠組み、つまり、西洋の視点から見た芸術のことです。

道具として発達した日本芸術

松嶋さん
日本の場合、美的感覚は西洋社会で培われたものとは全く異なりました。
日本美術によく見られる、屏風や掛け軸、硯箱などはすべて道具です。信仰や儀式、城や寺院の装飾のための道具・調度として、日本の芸術は発達してきました。単なる装飾ではなく、道具を洗練させていく過程で、機能的かつ美しいかたちになっていったのです。

第2部「デュシャンの向こうに日本がみえる。」展の様子

松嶋さん
芸術的価値を追求する「ファイン・アート」である西洋の芸術品と、機能を持ち、ある用途のために作られる日本の道具では、西洋から見れば全くヒエラルキーが違い、どんなに美しいものでも、道具は「芸術作品」とは見なされませんでした。

一方で、浮世絵は19世紀に西洋人が刺激を受けたもののひとつです。
浮世絵は、もともと庶民のもので、その当時のメディアとして楽しまれていました。それは、ダ・ヴィンチの絵のように代々伝わる芸術ではなく、いつの間にか無くなってしまうものでしたが、庶民の間でも多くの人の目に触れていました。それらが西洋の人の目に留まり「芸術」と捉えられて、日本に逆輸入されることになります。

特別展『マルセル・デュシャンと日本美術』

マルセル・デュシャン(1887 – 1968)は、伝統的な西洋芸術の価値観を大きく揺るがし、20世紀の美術に衝撃的な影響を与えた作家です。

この展覧会は2部構成で、第1部「デュシャン 人と作品」(原題The Essential Duchamp)展は、フィラデルフィア美術館が有する世界に冠たるデュシャン・コレクションより、油彩画、レディメイド、関連資料および写真を含む計150余点によって、彼の創作活動の足跡をご覧いただきます。デュシャンの革新的な思想に触れることで、知的刺激に満ちることでしょう。

第2部「デュシャンの向こうに日本がみえる。」展は、もともと西洋とは異なった社会環境のなかで作られた日本の美術の意味や、価値観を浮かび上がらせることによって、日本の美の楽しみ方を新たに提案しようとするものです。デュシャンの作品とともに日本美術を比べて見ていただく世界ではじめての試みです。
この展覧会では「芸術」をみるのではなく「考える」ことで、さまざまな知的興奮を呼び起こしてください。

(東京国立博物館公式HPより)

松嶋さん
本展覧会は第1部、デュシャンの作品を見た上で、第2部の日本美術について考える、という構成にしています。
松嶋さん
例えば、デュシャンの作品には、謎めいたタイトルが多くつけられていて、もののかたちだけでなく、タイトル(ことば)がその作品を読み取る「キー」になっていることがあります。
一方で、ものとことばが渾然一体となっているものは、日本では古くから「書」という造形で存在し、絵画や道具の中にも文字(ことば)がとけ込んでいます。

本阿弥光悦作 《国宝 舟橋蒔絵硯箱》 江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵 ※和歌の一番大切な部分、「舟橋」を絵で表している。

松嶋さん
日本美術とデュシャンの芸術に関わりはありませんが、日本美術に現れたものがデュシャンが提示した方法論と似通っているように見えるものもあるのかもしれません。

日本古来の造形にデュシャンとの共通性がありましたね。
デュシャンの作品は、今では芸術として評価されていますが、西洋の価値観もそのような芸術を受容するように変化してきた、ということでしょうか?

松嶋さん
デュシャンは「現代美術の父」とも呼ばれますが、実はデュシャン以外にも、現代アートはいろいろなかたちで発生してきたので、現代アートが全てデュシャンに収れんされる訳ではありません。とはいえ、デュシャンの提示した作品や活動が、現代芸術のひとつの大きな柱であると言えると思います。
「もともとなかった価値を生み出した」という点で、デュシャンは千利休に似ているところがあるかもしれませんね。

マルセル・デュシャン ≪泉≫ 1917/1950年 Philadelphia Museum of Art. 125th Anniversary Acquisition. Gift (by exchange) of Mrs. Herbert Cameron Morris, 1998 ©Association Marcel Duchamp / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2018 G1311

松嶋さん
デュシャンが試みた表現は、鑑賞者から見れば、何千年も培われてきた西洋の価値観を大きく揺さぶることになりました。デュシャン自身の真意を計り知ることは難しいのですが、それまでの価値の束縛から脱し、自由に作品を作った人物です。
しかし、それはあくまでも伝統的な概念や枠組みを基準にしています。逆説的ですが、西洋的な価値観がなければ、デュシャンの作品は誕生し得なかったのです。なので、さらに俯瞰してみると、デュシャンも西洋美術のひとつの流れの中に存在すると言えるのではないでしょうか。

芸術は「考える」ことができる

芸術を鑑賞することには、どのような良さがあると考えられますか?

松嶋さん
アートとして、人々が判断する基準は決して普遍的なものではなく、地域や時代、信仰によって様々な価値観が存在します。
人に決められることなく、自分で考え、判断することができるのが芸術の良いところだと思います。既存の枠組みに縛られることなく、自分の好きなものや楽しいことについて考えることができるんです。それが、現代の芸術なのではないかと思います。

アートの全てを理解しようとすると、歴史や経済、文化など、あらゆる知識を得ていないと、誤解や偏見を抱いてしまうことになります。
博物館に来たこと自体がハードルの高いことかもしれませんが、自分で来て、楽しいかどうか確かめて、「おもしろい」と感じたものは何がおもしろかったのかと気付いたりすることで新たな発見につながるのではないでしょうか。

今は、日本にいても、世界中の出来事が瞬時に分かる時代です。海外で作られた映画がスマホで観れてしまう時代。地域や信仰や時間の誤差なく、楽しめるということは、もともとあった枠組みなど関係なく、自分が好きなものを楽しめる時代ということでもあります。

日本美術のなかには「芸術」という枠組みに当てはまっていないものがいまだに多くあります。
デュシャンと日本美術を同じ空間で観て、比較し、自分なりに考えてみれば、様々なダイバーシティの時代に、自分が責任を持って価値を決めるというきっかけになるのではないかと思います。

本当にそうですね。
アートに馴染みのない人のほうが、自由に考えることができて楽しいのかもしれませんね。

松嶋さん
そうですね。「このアートを大切にしている人がいる、大切にされている」ということを知って、様々な価値を知ってもらうことが、美術館や博物館の使命だと考えています。

現代では、芸術という枠組みは、受け手一人ひとりがみんなバラバラだともいえます。それに縛られない、「他人に縛られるな」というのが、今回の『マルセル・デュシャンと日本美術』展の本質的なメッセージです。
今は、自分で考えなくてはいけない時代ともいえるでしょうから、自分で考えるきっかけになるという点で意味があると思います。

東京国立博物館・フィラデルフィア美術館交流企画特別展
マルセル・デュシャンと日本美術

会場:東京国立博物館(平成館 特別展示室 第1室・第2室)
会期:2018年10月2日(火)~12月9日(日)
開館時間:9:30~17:00
ただし、金・土曜日、10月31日、11月1日は21:00まで(入館は閉館の30分前まで)
※日本美術の作品は会期中展示替えあり。


特別展公式サイトはこちら

取材を終えて

今回の特別展は、自由に想像したり、考えたりするのがとっても楽しい展覧会でした!ただ見るだけでなく、能動的に芸術を「考える」ことで、今まで知らなかったことや見えていなかったものが分かるような気がします。
松嶋さん、ありがとうございました!

【今回お話を伺ったのは】
東京国立博物館 研究員 松嶋雅人さん
所在地 東京都台東区上野公園13-9
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
■東京国立博物館の公式サイトはこちら
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