同級生はマイホーム買いました。俺らはアルバム作りました。

2018 / 09 / 28
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Yellow Studs 野村太一さん(Key,Vocal) 野村良平さん(Gt) 植田大輔さん(Bass)

今年、結成15周年を迎えるインディーズバンド、Yellow Studs。ボーカルの野村太一さんの特徴的な声は、バンド特有の世界観を生み出します。そんな“イエスタ”メンバーの皆さんに、バンド結成からこれまでの15年についてインタビュー。バンドの転換期やメンバーの素顔に迫ります。

Yellow Studs(イエロースタッズ)
2003年結成、東京を中心に全国的に活動をする日本のロックバンド。
ガレージ、ロック、ジャズ…様々な要素を楽曲に取り入れた、独自の世界観を繰り広げる。


今回、お話してくださったメンバーは…
野村太一さん(Key,Vocal)
野村良平さん(Gt)
植田大輔さん(Bass)
です!

イエスタ結成まで

Yellow Studs結成前、メンバーの皆さんはどんな活動をしていましたか?

野村太一さん
19歳の時に美容専門学校を中退して、コンビニや焼き肉屋、テレアポなどのバイトをしていました。家賃2万5千円のボロアパートで、黙々と自分探しをしていた。大学に行かなかった理由は、大卒で就職して…というセオリー通りの人生は送りたくなかった、「俺はそんなさやに納まる人間じゃない」と思っていたんです。
皆、Yellow Studs結成前はバンド活動はしていなかったんだよね。
植田大輔さん
三重県の高校を出て、愛知の大学に進学したものの特にやりたいこともなく、当時好きだった音楽をやるために、幼馴染である奥平と一緒に上京してきました。
今思い返すと、音楽をやりたいという強い信念を持っていたのではなく「東京に行けば何か楽しいことがあるのでは」という気持ちだったんだと思います。そこからYellow Studsを結成するまではバイトをして「バンドできたらいいなぁ」と思っていました。
野村良平さん
僕は、初期メンバーではなく途中加入でした。当時違うバンドで活動していて、そのバンドが解散してしまってからすぐに誘われて加入しました。

メンバーがまだ20代だった頃

野村太一さん
皆総じて、セオリーとは違った生き方をしてきた人間です。

メンバーの皆さんが出会ったきっかけは何ですか?

野村太一さん
僕と植田が、同じ居酒屋でバイトしてました。出会ってから3年目くらいに、一緒にスタジオ入ってみようかという話になったのがきっかけです。結成当初は、皆同じバイト先のメンバーなんです。

メンバーの、忘れられないライブとは

初めてのライブ、どんな気持ちで挑みましたか?

野村太一さん
めちゃくちゃ緊張していました。発表会みたいな感じ。音楽を楽しむ余裕なんてなかったですね。世間じゃ皆が新卒で働いている「23歳」という年齢でバンドを組んだので、他の人から見たら滑稽だったかもしれない。

当時から、ライブに挑む際の気持ちは変わりましたか?

野村太一さん
楽しくなった。音楽を楽しめるようになりました。

ライブのセットリストは、メンバーの皆さんで決めるのですか?

メンバーがまだ20代で、バンドがまだ4人編成だった頃

野村良平さん
そうです。
決め方は、一番お客さんが喜んでくれそうな曲と、自分たちがやりたい曲の中間をやっています。
イベントによってバンド数や尺もちがうので、すごく短いものだと30分くらいですね。
野村太一さん
あっという間に終わっちゃう。

出演するイベントはどのように決めているんですか?

野村太一さん
自分たちでイベントに応募する場合もありますし、オファーがあればメンバー全員で話し合って決めています。

一番記憶に残っているライブはありますか?

植田大輔さん
何だろうな…一番強烈なのは、お客さんが2~3人だった時だね。
野村太一さん
あの時は一人だったかな。
植田大輔さん
そこに、共演者が2人くらいだったね。その中で30分ライブをやったときは、どんな気持ちで音楽をやればいいのか分からなかった。
野村太一さん
お客さんが少ないと、印象にムチャクチャ残ります。神戸とか名古屋に行って、数人しかいないとか…
野村良平さん
遠くに行ったのにお客さんが少ないって、悲しいですよね?
植田大輔さん
当時はバカだったので、悲しいとは思わなかったですね。遠くに行くこと自体が楽しかったです(笑)。

Yellow Studsの転換期

Yellow Studsの“ターニングポイント”はありましたか?

野村太一さん
2010年かな。僕が30歳になって、「ちゃんとお金を稼がないとダメだな」と思ったんです。自分たちの音楽がお金にならないといけない。そこで、公式サイトやチャットワーク、SNSといったオンラインのインフラ整備から始めて、宣伝や経理、流通などをやり始めました。

そこから、バンドに対する思いは変わりましたか?

野村太一さん
夢が「目標」という言葉に代わって、音楽を楽しむよりも音楽でお金を作ろうという思いになりました。独立した、という感じかな。
植田大輔さん
俺はあまりないかもしれない…。バンドが仕事になって、意識が少しは変わった部分はあるのかもしれないけれど、目標やモチベーションには大きな変化はありません。

イエスタメンバーの素顔

メンバーの皆さんでケンカってしますか?

野村太一さん
頻繁にはしないけれど、ちょこちょこしますね。
一番大きなケンカは、ギターの奥平がライブでやらかしたことがあったんです。それについて、俺と奥平が殴ったり頭突きしたりという…二人とも血だらけになってましたね。

それって仲直りできたんですよね…?

野村太一さん
次の日は何事もなく…でした。傷跡はあったけれど(笑)。

メンバーの皆さんが一番緊張する瞬間は何ですか?

野村太一さん
大きいイベントをやる前です。決まった瞬間から緊張しますね。イベントが決まれば決まるほど緊張する。
植田大輔さん
俺は、むしろワクワクするかなぁ。でも、幕が開いてお客さんの表情を見ると緊張しますね。ライブって自分が楽しまなきゃいけないし「やれることをやればいいじゃん!」って言うけれど、お客さんが楽しみにしているのを見ると「楽しんでもらわないといけない」という考えが自分の中に出てきて緊張しますね。
野村良平さん
前にとあるワンマンライブの本番直前、マネージャーに「ワンマンライブだから緊張しなくていいよ!」と言われたんですけど、僕はワンマンライブの方が緊張しますね。お客さん全員が僕たちを見に来ているので、全員を納得させなきゃいけないというプレッシャーは感じます。

哀愁×歴史×気合い=Yellow Studs

今後の目標は何ですか?

野村太一さん
バンドとしての目標は、もっと有名になること。収入も増やしたい。
今はビジネスライクな気持ちが大きくなってきているので、音楽を心の底から楽しめていた、20代の頃に戻りたいです。
植田大輔さん
もっともっと有名になりたいし、ボーカル太一とギター良平が持ってきてくれた曲をもっともっと良くしたいです。
野村良平さん
勿論バンドの規模を大きくしたいと言うのもありますけど、なにより楽しく活動していきたいと思いますね。後は個人的には腕をあげればもっと音楽を楽しめると気づいたので、楽器をうまくなりたいなとは思います。

初めてYellow Studsの曲を聴く人や初めてライブに行く人に、「これがイエスタだ!」といったポイントを教えてください。

野村太一さん
哀愁と歴史と気合い…かな。色々あって立ち止まってしまった人が前に進むきっかけになるようなライブをしたいと思ってるので。
野村良平さん
必死にもがいてるところがイエスタなんじゃないかと。仕事でも趣味でも何かに一生懸命取り組んでる人に共感してもらえたら嬉しいです。

取材を終えて

2003年で結成し、今年15周年を迎えるYellow Studs。短い時間の中でのインタビューでしたが、メンバーの皆さんがバンドについてお話している表情から、圧倒されてしまうほどのパワーを感じました。その哀愁とパワーは、彼らの音楽を聴けばわかるはず!

▼Yellow Studs MV「汚い虹」

次回記事では、イエスタメンバーが20代の自分たちを振り返ります!

次回記事
「何焦ってんの?何でもできるのに。」Yellow Studsメンバーが振り返る“20代”

【今回お話を伺ったのは】
Yellow Studs
Key,Vocal 野村太一さん
Gt 野村良平さん
Bass 植田大輔さん

Yellow Studs公式サイトはこちら
Yellow Studs公式Twitterはこちら
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