【2分でわかる!】人に教えたい鉛筆誕生の歴史✎

2018 / 08 / 15
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

北星鉛筆株式会社 専務取締役 杉谷 龍一(すぎたに りゅういち)さん

子どもの頃に1度は使ったことがある鉛筆。皆さんは鉛筆がいつどこで作られたか知っていますか?今回、意外と知られていない鉛筆の歴史について、2011年の日本文具大賞を受賞した「大人の鉛筆」でおなじみ、北星鉛筆株式会社の杉谷さんにお話を伺ってきました。

鉛筆の発祥はイギリス

杉谷さん
鉛筆の発祥はイギリスと言われています。今から450年ほど前、イギリスのボローデル山で、鉛筆の芯になる黒鉛が見つかりました。黒鉛の塊で紙にものが書けることがわかり、木に挟んだり、紙で巻いたりして、黒鉛をペンのように使うようになったのが鉛筆の始まりです。

イギリスのエリザベス女王は、黒鉛を使った鉛筆を国外に輸出して、国力を高めたと言われています。ただ、最も鉛筆を世に広めることに貢献したのはナポレオンかもしれません。戦術を書くことに鉛筆は重宝され、必需品だったんです。ドイツも当然、鉛筆の国内生産を考えましたが、芯のもととなる黒鉛の塊が採取できず、小さくて脆い黒鉛しか採れませんでした。

しかし、イギリスから輸入をすると、価格も高く、イギリスの国力を上げてしまう為、ナポレオンは買い入れを渋っていました。そこでナポレオンはドイツでも採れる小さな黒鉛でも鉛筆が作れないかと考え、お抱えの発明家に鉛筆の開発を依頼しました。

その発明家によって、黒鉛のかけらを集めて細かい粉状にし、粘土と混ぜて固め、高い温度で焼くことで芯を作ることに成功したため、小さな黒鉛でも鉛筆が作れるようになり、ドイツ国内でも量産が可能になりました。粘土を混ぜ合わせて作る方法は、現在に至るまでほとんど形を変えず、世界の鉛筆メーカーで受け継がれています。

ナポレオンの指示によって、現在の鉛筆は開発されたんですね。

杉谷さん
その名残もあって、ドイツは今でも鉛筆の有名な産地でして、世界で1番古い鉛筆メーカーは、『ファーバーカステル』というドイツのメーカーです。カステルはキャッスル(お城)という意味で、お城の中で鉛筆を作っていたようです。

日本にはいつ頃、鉛筆が入ってきたのですか?

杉谷さん
鉛筆がいつ日本にやって来たかははっきりしていませんが、徳川家康(1542~1616年)が鉛筆を持っていたことは わかっています。家康は外国の品物を輸入していたため、その中に鉛筆もあったのでしょう。 その鉛筆は、静岡県の久能山東照宮に残されています。また伊達正宗(1567~1636年)が使った鉛筆も残されています。1853年、日本が鎖国の方針をとっている中、アメリカからペリー長官が来国し、開国を進めました。これをきっかけに、日本にもアメリカ、イギリス、ドイツなどの国々から、さまざまな品物や文化が入ってくるようになり、鉛筆も輸入されるようにそのまま広まっていったのです。

そんなに古くからあるんですね。国内での製造も同じ時期ですか?

杉谷さん
鎖国が終わってからですね。明治時代に入り、新しい国づくりが始まると、子どもたちにも平等に教育が受けられるようなしくみが 取り入れられました。しかし、日本で使われていた筆では筆算などがしにくく、石盤に石筆で書く方法が用いられていました。その後、オーストリアやドイツに鉛筆の作り方を学ぶ伝習生が送られ、1873年に帰国。わが国では小池 卯八郎さんが、最初に鉛筆を作ったとされています。

眞崎仁六さんが、1878年にフランス・パリでの博覧会に出品されていた鉛筆を見て研究を重ね、 1887年、東京に水車を動力とした鉛筆工場を建設。こうして日本の子どもも、鉛筆を使えるように なって日本国内でも広がっていきました。

1 2

ライター・カメラマン/宮脇雄士(うしお)

好きなものは映画、漫画、ファッション、カフェ!WIZOOM編集部のサブカル男子、ユウシです。
皆さんの疑問を緩やかに解決します!

【宮脇雄士(うしお)】の記事一覧

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

PICK UP